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私の父の思い出

この記事の所要時間: 422

いわゆる不義の子であった。

お妾さんと呼ばれる立場の女性が母親で、父を知らずに育った。

もちろん父親のいない子どもに、世間が冷たかったのは言うまでも無い。
母親は芸事で身を立てていたので、子どもを顧みる余裕など無かった。

小さい男の子は、何とかバカにされないように、いつか世間を見返す為に、と頑張った。

もともと聡い子どもであった彼は、学業に身を入れた。
「知識」というものは裏切らない。本の中には色んな「世界」があった。勉強は楽しかった。


優秀な成績で学校を卒業し、母親譲りの朗々とした声と、
立て板に水を流すような明快な弁舌を活かし、法曹界を目指した。
母親の芸妓の世界が「裏」のルールの世界だったから、
余計に「表」の世界のルールに憧れたのかもしれない。
そしてめでたく弁護士の資格を手に入れた。

一本立ちした頃に、ある女性と知り合い、結婚した。
弁護士になれたとはいえ、まだまだ薄給である。結婚当初は何も無かった。
彼女が持ってきた鍋と、自転車が唯一の財産だったという。

間もなく娘が産まれた。
そして息子も産まれた。

男は子煩悩であった。
どんなに忙しくても、子どもとは遊んだ。
休日には庭に手製のブランコを作り、クリスマスには子どもを上手く騙した。
子ども達は長いこと、サンタクロースの存在を信じていた。

動物園が好きで、よく子ども達を連れていった。
あまり頻繁に連れて行かれるものだから、子ども達は動物園を嫌いになった。

経済的にも余裕が出てきた頃、末っ子の娘が産まれた。
男は仕事に余裕が出てきた事もあって、余計にその子を可愛がった。
末っ子の娘も、父が大好きだった。

おしゃれで粋で、頭の回転が速く、冗談が好きな父親が、幼い娘には何より頼もしく見えた。

男は事務所を作り、企業顧問の弁護士となった。
親類が興した小さな会社の役員にもなった。

末っ子に物心がつくころには、男の家は裕福になっていた。

子ども達は順調に大きくなっていく。

彼の仕事量は増えていき、忙しくなっていったが、動物園好きは相変わらずだった。
上の子供達と違い、まだ小学生の末の娘だけは動物好きで、
何度連れていっても喜んだので、時間があるときは必ず動物園に行った。

動物の中で、彼が一番好きだったのはライオンだった。
娘も、大きな金色のネコのようなライオンが好きだった。

「雄のライオンは凄いんだぞ。いつもは寝てばかりいるけれど、いざってときは強いんだ。百獣の王なんだ」

見てきたように、彼は得意げに娘に話した。
娘は、いつも適当に受け流していた。
相手をしていると、いつまでも父親がライオンの話をし続けるからである。
退屈そうな娘の顔を見て、彼は残念そうにライオンの解説を止める。

それでも、彼はいつまでも飽きずに、黙ってライオンを眺めていた。

その日も、冬の寒い日だったが末っ子を動物園に誘った。
動物に興味のない母親も、珍しく一緒に付いていくと言う。
きっと上の娘も息子もスキー旅行に出掛けてしまっていて、
家に一人いてもしょうがない、と考えたのであろう。

帰りが遅くなった。
「裏道を通って帰ろう」
そう言って男は、車のスピードを上げた。

細い道から急に出てきた車が、横っ腹に激突したらしい。
「らしい」というのは目撃者がいないからである。
ぶつかってきた車の運転者も、即死に近かった。

車はガードレールを越えて、崖に落ちた。
大した高さの崖では無かったが、車が転がり落ちるくらいには高かった。
どういうわけか、救急車が駆けつけたときに、母親の遺体は崖の上にあった。
子どもは呆然とその傍らに立っていたそうだ。

「娘さんが背負って上まで運んだとしか考えられないですね」
後にそう警察は言った。
「小学生なのに、がんばったね」
そう言われても、末っ子は全く憶えてなかった。

男は車の中からは出たらしいが、その姿のまま、こときれていた。

「たぶんお父さんが、お母さんとあんたの事を、外に出したんだと思うよ」
だいぶ経ってから、長女が言った。

狂乱状態の私と、生きているかもしれない妻を、何とか外に出してから、死んでいった。

最期まで格好をつけた男だった。

私の父の話である。

死ぬまでに意識があったのだとしたら、何か私に声をかけたんだと思う。
きっと名前くらいは呼んだだろう。私の名前を、「ちゃん付け」や愛称ではなく呼んでいたのは父だけだった。
残念な事に私は憶えていない。親不孝な脳味噌だ。

憶えているのは、凍てつく風の中、動物園で柵に乗り出すように、ライオンを見ていた父の姿だ。

父は子どものように、「かっこいいなぁ、すごいなぁ」と、何度も繰り返して言っていた。

私も、その日だけは何故か、いつまでもライオンを眺めていた。
「すごいね、すごいね」と、何度も返していたのを憶えている。

父はその同意に、満足そうに頷いていた。

父に親孝行をしたのは、たった一つ、その事だけだった。

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コメント

    • 名前: うるさいよ、
    • 投稿日:2014/11/22(土) 23:09:25 ID:cxMDYxNzU

    「つっかえねえ女だなァ!!」
    父がお茶碗をなげすてる。
    母は放心状態。兄は部屋でゲーム…
    いわゆる、引きこもりってやつだ。
    私がなんとかするしかない。
    「申し訳ありませんでした。これからはお父さんの為に身を粉にして働きます。どうか許してください。」…この台詞は何度目だ?高3の私は、父から虐待を受けていた。
    ー3年後ー
    父が肺炎で亡くなった。
    いきなりのことで、わけがわからなかった。
    葬式、去ってゆく父を乗せたあの黒い車。
    みんな何をしてるの?どうしたの?お父さんは死んでなんかないよ。この言葉を残して、母は自ら命を絶った。
    わたしは、どうすればいいの?

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