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ドリフのある暮らし

この記事の所要時間: 136

ドリフターズの全盛期、昭和40年代のあの頃、
俺はまだ中学に入ったばかりだった。
もう世の中が大分豊かになってきた頃だったが、
我が家はまだ貧しくて、六畳二間の長屋に一家5人で暮らしていた。
友達が家に遊びに来た時に白黒テレビを見られるのが
たまらなくいやで、カラーテレビを見たい、買いたいという一心から、俺は新聞配達をはじめた。
新聞配達は今にして思ってもきつい仕事で、
朝4時から7時まで毎日休まず働くのは想像以上に大変だった。
俺が新聞配達をはじめて3ヶ月たった頃だった。
我が家に突然、カラーテレビが届いたのだった。
俺が新聞配達まではじめたのを見かねた親父がローンを組んでまで買ってきてくれたのだった。
弟たちもは大喜びだったが、親父に経済的負担をかけたという思いがあって、
俺は素直に喜べずにいた。茶の間にいるのがなんだか気まずい感じだった。
親父も何故か妙に無口だった。


はじめてのカラーテレビで見た最初の番組は忘れもしない「8時だよ!全員集合」だった。
家族みんなで笑い楽しんだ。ドリフのおかげで気まずい雰囲気もとれて、幸せな気持ちで床についた。
翌朝4時に目を覚ますと何故か親父が起きていた。
「俺は学がないから苦労してきた。今日から俺が新聞を配るから、お前はその分頑張って勉強しろ」

その後、俺は大学を卒業し、あの頃の親父と同じ歳になった。
親父が亡くなってから、もう7年が経つ。
親父は何の趣味も持たず、働きずくめの人生だった。
だけど、一番大事なことを教わった、教えてくれた。
だけど、親父や長さんの存在感はとても真似できやしない。

俺は今、何の不自由もない生活をしているが、
親父や長さんみたいに一番大事なことを子供達に教えているのだろうか?と思えてならない。
偉大だった故人のご冥福を謹んでお祈りします。

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