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涙を抑えられず嗚咽した

この記事の所要時間: 251

この板は巡回先ではないけれどたまたまこのスレを見かけたので自分の体験を書く。

ちょうど今頃、畑を掘り起こし春の匂いを満喫している時期だ。大学を卒業して地元に帰り希望の職種に就職、配属前の研修中だった。
定時に終わり帰宅中、西日を背にライトをつけて走行中ぶつけられた。相手はGWに結婚を控えた同じ高校出身のひとつ上の女性だった。過失割合は1:9で全面的に相手が悪い。

自分は入院し相手は花を手土産に何度も見舞いに来てくれた。それが原因で花が嫌いになった。
その後、彼女はストレスからくる胃潰瘍で入院したと彼女の口から聞いた。当時自分はまだ入院中である。

彼女の入院の話を聞いたとき「それがなんなんだ」と正直思ったよ。彼女は結婚を延期しながらも半年後に結婚、自分はまだ入院中だった。

一年半の入院生活後、職を失い頸の骨を折り四肢麻痺の体として退院した。退院した晩、両親に「おめでとう」といわれ久しぶりに一緒に酒を飲んだ。
口にはしなかったが退院は全然うれしくもなかった。一生障害者として、常に人の世話になりながら生活していくんだ。

そして両親に「たまたま被害者だったがいつ逆の立場になるか分からない、穏便に事を済ませ相手に寛大な心をもって望め」と諭された。仮定の話ではなく自分が被害者なんだと思いつつ現実に両親に介護を頼る身としてはその想いを出さずにあえて反論しなかった。

そして裁判を起こさず示談が成立、一億数千万を得た。
示談が成立後、彼女が再度自宅に謝罪に訪れ以来一度も会っていない。きっと両親も自分の知らないところで涙していたであろう。
当時自分の夢は些細なものだった。安定した職を得て結婚し自分の子供を抱っこする事。

あの頃は彼女もいて結婚も考えていた。十分実現できる範囲内にあったが、頸から下の自由を、温感を、触感を、神経をなくしすべてを失った。退院後数年たち、相手の彼女も地元の人と言う事もありスーパーマーケットで子供をつれて見かけたと時々母親は言う。孫を見せてやれなかった両親に本当に申し訳なく思う。

自分はそれほど周りに弱気なところを見せなかったつもりだがたまたま車で外出したとき対向車の運転手が事故の相手のようにみえた。
本人だったかもしれないし幻覚だったかもしれない。今思うと当時まだ一般的でなかったトラウマであろう。

その晩、自分の心が想像以上に傷付いていた事に気づきベットの中で涙した。それがきっかけにポジティブになれたと思う。
いつも事故のことを考えているわけではない。自分も両親も輪廻転生を信じているから自分がつらい体になったのは過去の禊(みそぎ)だったと。

真実はどこにあるか分からないが少なくともそう考えると楽にはなれる。それからまた数年、高校の同級生が交通事故死、近所の子が自殺した。

新しいひとまわり年下の彼女とドライブをし桜の木の下で突然フッとその事を思い出し涙を抑えられず嗚咽した。
その体験が某板の嗚咽スレである。事故から十数年、今でもちょっとした事で自分の事故相手を思い出す。

自分の夢だったものを得た彼女はどんな生活をしているんだろうと。別に彼女の不幸を望んでいるわけではないが自分の心を惑わせられる。イライラさせられる。多くの葛藤がある。そして大きなため息をつきまだ「まだ修行が足りないな」との結論に至るのである。

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