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俺と祖父の関係は冷めたものだった

この記事の所要時間: 257

5年前に亡くなった祖父のこと。
祖父は人付き合いが上手い方ではなく、それは家族に対しても同様で、特に子供に接するのは苦手としていたらしい。
そのせいか小学生時代の俺には、祖父はいつもムスっとして機嫌が悪く怖い人に見えた。
そんな祖父に理解を示し、自分から歩み寄るほど出来た子供ではなかった俺は、必然的に彼と距離を置いた。

祖父と馴染まないまま月日は経ち、俺が小学5年生になった秋のある日、俺は目に怪我をし入院した。
馴れない入院生活を気遣ってか、毎日父や母、祖母や兄たちが病室に訪れてくれた。
祖父だけは1度も姿を見せなかったが『あの人らしいや』と別に気にもとめなかった。
それほど俺と祖父の関係は冷めたものだった。

少なくとも俺にとっては。

その頃から俺は人と話す時、必ずなにかしらネタをやりたがるヤツで、
入院中よくやったのは誰か見舞いに来た時に「帰ってよ」と言いフトンにもぐる、というものだった。
これは当時人気のあったバラエティ番組のネタで
確か島田神助演じる女のマンションに明石屋さんまが来るのだけど
神助は「かえってよ」「もうこないでよ」と言いドアを閉める、というものだったように思う。
そのギャグは大抵みんな知っていったので、見舞いに来た時の挨拶代わりみたいなものになっていた。

その日、俺はする事も無く(目のケガなのでマンガも読めない)昼間から目を閉じボーとしていた。
その俺のベッドの横に誰かが来る気配がした。
昼間ということもあって俺はそれが家族の誰かだと判断した。
誰か確認することもなく、ガバっと布団を頭からかぶると「帰ってよ」と言い放ちリアクションを待つ。
だが何の反応も無いまま、やがてその誰かは何も言わずベッドから離れて行った。
不思議に思い布団から顔を出すと誰もいない。

一体これはどういうことなのか?

しばらくすると病室に看護婦さんが入ってきて、こう言った。
「今○○ちゃんのおじいちゃん来てたわよ。一人で来てたけど、ちゃんとお話した?」

後で知った話。祖父は実は家族とよく見舞いに来ていたそうだ。
ただし家族と一緒に病室には入らず大抵廊下にいるか、ロビーで待ってるかしてたらしい。

どうしてその日一人で来る気になったのかは判らない。
だが、祖父は一人で俺の見舞いに来てくれたのだ。
そして俺に「帰ってよ」と言われた。
そして俺の希望通り帰った。

祖父は…テレビなどめったに、ましてやバラエティ番組など見ない人だった。

1週間後、俺は退院し家に帰った。
祖父はいつものように怒ったような顔で自分の部屋にいて、俺を見ても何も言わなかった。
俺もバツが悪くて何も言えなかった。

むしろ『何も言わんと帰ったじーちゃんが悪いんや!』くらいに思っていた。
数年後の冬。祖父が亡くなったのを聞いたのは遊びに行った先でのことだった。
電話で母の「おじいさん亡くなったで」という言葉を聞いた瞬間、真っ先にあの病院でのことが鮮明に思い出された。
俺は自分が大人になって酒など飲めるようになったら、じいさんと飲んであの時の事をあやまろうって、ずっと思ってた。
だが上手いタイミングを作ることが出来ないまま日々を過ごすうち、祖父は病に伏せ、そして行ってしまった。

『じいさんゴメン。あん時はほんまにゴメン』

墓石にあやまってもしょうがない。
そう思いながら、他に出来ることのない俺は今も謝り続けている。

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