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弟が書いた手紙にならなかった思い

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私の弟が先日なくなりました。

父親は私が高校生で彼が小学生の時に離婚し、母はほかの男に夢中だったので、
あまり家族として成り立ってないような家庭の中で、私は弟には甘えを許さず、
容赦なく正しいことを突きつける姉だったので、弟にとってはうざったくてしょうがなかったと思います。

 

ただ、私が精神的にきつくて食べるのをやめてしまったとき、
「どうして姉ちゃんは自分だけにそんなに甘えをゆるすんよ!!!」
と怒鳴られたりして、

よく言えばけんかするほど仲がいい、私は弟がとにかく大切でした。

 

2年ほど前に私は病気になり、それを誰にも知らせずに家をでて、そのままひとりで遠方にでたため、
家には弟と母二人になり、弟はいつも一人でした。

ただ、弟が自分は捨てられたと思ってしまうのはもっといやだったと思ったため、弟にだけは病気だといい、
自分が病気だから、都会で働いて自分で手術費用を稼いで治療するということにしていました。

 

腎臓が片方だめになってしまい、とることになるかもしれないが、私には手術をするお金もなかったので、
薬で何とか持たせている状態でしたが、幸いなんとか腎臓がうごきはじめたため、ほっとしていたところに、
弟が急性の尿毒症で、もう持たないという連絡を祖母からうけました。

すぐに実家に帰ると、弟は一人で入院していました。

弟のそばで、日記をつけながらついていると、弟が突然、いいました。

 

 

「俺ねえ、弟ほしかったな。」

「私も。自分がいちばんうえやから、兄ちゃん姉ちゃんは無理やろ。
妹は自分と比べられたりするんがいややし、へにょへにょ神経の細いお母さんみたいなのが生まれてもこまるけん、
どうしても弟がいるんやったんよね。どうだ、うらやましいだろう」

「俺、姉ちゃんの弟じゃなければ良かった。」

言われた瞬間は、凄くショックでした。それで言葉が続かなくて
「ごめんね、頼りなくてさ。ほんまごめん」
とだけ涙声でいうと、

「俺がねえ、こんなぐれたりしてなくて、もっと強くて、元気に姉ちゃんの病気も支えられるくらい
強かったら、おもいっきり姉ちゃんの弟でよかったって思うのになあ。
小さいころ、殴られてもお湯かけられても笑い返して俺にかぶさってた姉ちゃんがトイレで吐いてたのに、
俺こわくてなんも出来なかったょ。
大きくなったら、なんかしてやろうとおもったけど、俺ぐれたから頭も良くないし、
おこりとばす姉ちゃん無視したし、姉ちゃんの作る飯も残したし、姉ちゃんが病気なのに送ってくれてる金、
こんなこと(入院)につかうはずじゃなかったし、そもそも病気なのはねえちゃんなのにな。
なんだかんだいって、ねえちゃんは強く生きてるよ。」

というので、

「ばかやろう!私は自分が病気になっちゃって、あんたを残して一人ぼっちにさせちゃって、しかも甲斐性もないし、
いつ死ぬかわからないのが私のほうだったとしても、ていうかリアルにそうなんだけど
あんたの姉で本当に良かったと思ってんだよ!!あんたがいてくれたことが、
生まれてきてくれたことが一番本当に一番うれしかったんだよ!!いてくれてありがとう。
あんたにとっては役に立てなかったかもしれないけど、お母さんに一番感謝してるのは、
あんたを生んでくれたことだ!!!!」

と、病室で怒られるくらい怒鳴ってしまいました。

 

 

「だけど、俺いなくなるから、弟いなくなるから、弟ずっと欲しかったのに、俺じゃなかったらよかったよ。
俺が姉ちゃんの弟じゃなかったら、そんな想いさせることなかったのに、もっと生きたいのに」

「・・・、あんたずっと私のことばっかり言うんね。あんたの望みやあんたの思惑がなんにもない。
優しくて悲しいねえ。私にくらい、自分の事をまもっていいのに、全部がまんして、
どうせ我慢するんなら、我慢ついでに私の弟であることも我慢してくれないかな。
私は、本当に弟のあんたを愛せて幸せよ。あんたが私に幸せと気力を与え続けてきたの。
私は幸せよ。あんたの姉で。」

弟が泣いているのを見たのは、久しぶりだった。

「俺、もうすぐ死ぬんだょ。死んじゃうんだょ。まだ何にもしてないのに、何にも出来なくて、
もうすぐ息もできなくなるんだよ。生きていられなくなる。いなくなる。おれ、生きられなくなるのが悲しいんだ」
そういって、声を上げて泣いた。

少しして、落ち着いたのか、
「もう、大丈夫。俺、姉ちゃんの弟でよかったよ。」
そういって笑った。

 

それから、次の日、容態が急変して、チューブだらけの弟を医者が懸命に心臓マッサージして・・・
けど辞めるとすぐ動かなくなって、それをくりかえすうち、弟の閉じて動かない目から、

涙が一筋こぼれて、
「もう、結構です。有り難う御座いました。」
とわたしがいっていた。

 

 

静かになって、弟が穏やかな顔をして、少しだけ目を開けて息を吐いて目を閉じた。

 

死に顔が穏やかで、あんな母親でもその時は泣き崩れていた。

母を支えるのが大変だったので、私はその時は泣かなかった。

 

死んだあと、病室を整理していると、ゴミ箱ではなく、ゴミ袋に大量の紙くずが入っていた。

何も思わなかったが、燃えないごみと一緒になっていたため、紙を取って、何の気なしに広げてみると、

 

「姉ちゃんへ」と書いてすぐ上からげしげし消してあった。

夢中でほかの紙くずもひろげていくと、何十枚も、かろうじて動く左手で、震えて汚くて大きくて読めないような字で、
左上に「姉ちゃんへ」とだけかいて、けしてあるだけの手紙が出てきて、
たまに、「ごめ」(多分ごめんとかこうとしていた)とか、「自分が」とか、「ありがと」とか書いて消されていたが、
ほとんど「姉ちゃんへ」とだけしか書けずに捨てられたもので、
ごみと一緒に取り出したかかえきらないくらいの紙くずを思いっきりすがるように抱きしめて、
生まれてきてから、笑い泣きながら過ごした弟を思って、叫ぶように泣いていた。

 

ごみだとわかっていても、まだその弟が書いた手紙にならなかった思いを捨てられずにいます。

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