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病気と闘うお母さん

この記事の所要時間: 320

名前:葵(ノ_<。) 投稿日:2015年02月19日 00:09:56

 

私が9歳のときのお話です。

その日は、夏休みになったばかりの暑い日でした。

家族みんな休みということもあり朝からお庭で草むしりをしていました。

お昼になり、お母さんとお父さんがご飯を作り始めました。

その間に私は兄とお風呂に入りました。

出た頃にお母さんとお父さんは買い物に行っていていませんでした。

2人は昔の友達と会って帰ってくるのが遅くなりました。

待ちくたびれた私達は文句を言いながらご飯の手伝いをしました。

その日は豚骨ラーメンで、私達が食べてる時にお母さんは片付けをしていて、片付けが終わり食べ始めようとした時にお母さんは急に頭を押さえて「いたっ」と言いました。

 

私達が「どうしたの?」という暇も無いくらいの早さで、お母さんはラーメンの丼に顔ごと突っ込んで行きました。

私は初めお母さんが何をしているのか分かりませんでした。

だけど、皆が騒ぎ初めてやっとお母さんが倒れたことが分かりました。

お母さんをお父さんが抱き上げ玄関に連れていきました。

その間におばあちゃんが救急車に電話をかけました。

お母さんは急にいびきをかきはじめて救急車が家に到着しました。

お母さんは救急車に乗せられて、病院に運ばれました。

お父さんが一緒に救急車に乗り、残された私達は唖然とするしか出来なくて、やっと理解が出来たお姉ちゃんと私は涙がたくさん出てきて止まりませんでした。

その日、病院にいきお母さんを見たら頭に包帯がぐるぐる巻にされて顔に沢山の機会がついていました。

お母さんが倒れたのは「くも膜下出血」と言う病気でした。

脳のくも膜と言う場所が破裂してしまう病気だそうです。

その病気は二十歳のときから進行していたらしくて、その時お母さんは39歳だったのでちゃんと検査を受けていれば治せたかもしれないのにと私は思いました。

それから手術は順調に進みお母さんはだんだん回復していきました。

そして、お見舞いにいくけど何が欲しいとお母さんに聞くと「パンとミルクティーがいいな?」と可愛らしい声で言いました。

その後、私達はご機嫌で帰りました。

そのすぐ後に病院から電話がかかってきてすぐに病院に行きました。

お母さんの病状が悪化し、もう既に3回目の出血だったそうです。

基本4回目で死んでしまうそうで私は怖くなりました。

その時、お父さんが「大丈夫ママは死なないよ!」と言ってくれて安心しました。

手術は無事終わりお母さんは助かったのですが、その後すぐに脳梗塞になってしまいました。

長い時間手術し、その手術も無事終わりました。

 

お母さんは手術のせいで喋れなくなってしまいました。

だけど、お母さんはリハビリを頑張りました。

でも長い時間眠った状態だったので、体が固まってしまい手や足が変な方向に曲がっていました。

お母さんの病状が変わらないまま倒れてから2年が経ちました。

お母さんは、たんが飲みこめなくて呼吸困難になってしまいました。

あまりにもそれが続くので喉を切ってしまうことにまりました。

お母さんは沢山機械をつけているのにまた増えることにまりました。

まだ病状がかわらないまま月日が流れて今年で四年目になりました。

私はもう中学生になってしまいました。

本当はお母さんに卒業式に出て欲しかったけど、出れなかったのでとても悲しいです。

皆がお母さんの話をしているときも話しに入れないのでとても悲しいです。

今もお母さんは病状が変わらず病気と戦っています。

 

私はいつまでもお母さんを応援しています。

頑張ってお母さん!大好きだよ!

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