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ガンにもめげず前向きに生きた母

この記事の所要時間: 242

【投稿者名】名無しさん  【性別】男性 :2015/08/12 16:40:31

 

この話は2年前の話です。

当時私は中学1年生の普通の男子でした。

ある日、母の体のぐあいが悪くなり、病院に僕もついていきました。

あとから聞いた話ですが、年に一人でるかでないかの珍しいガンだったのです。

それから、母の入院生活が始まりました。

抗がん剤治療を行っていたので髪はなくなっていきました。

前の長い髪の母とは別人になっていったので凄くショックをうけました。

その時、治るのだとしたら1年とも言われました。

 

がん=死ということも母にはあったみたいで、精神的にもかなり弱っていました。

 

たびたび母のお見舞いに父といくのですが、その時間は僕にとってはかなり嫌な時間でした。

家の生活も大変になるかなと思っていましたが、二十歳の姉が家事を手伝いにきてくれたので、あまり苦労することはありませんでした。

がんを乗り越えて母は帰ってきました。

思ってみると、一年があっという間でした。

時間は、何事もなかったかのように進んで行き、母の髪も伸びて手入れを楽しそうにしている姿を見ていて僕もとても嬉しかったです。

 

 

それから半年くらいしたある日。

母が苦しいと言い始めたらしいのです。

父から二階の自分の部屋にいる僕に「○○、ちょっとこい!」と言われました。

その時、「お母さんがなぁ、、、」と涙ながらにいう父。

強く優しい父の涙姿を見るのは、その日が初めてでした。

 

急いで病院にいくことになりました。

車の中では助手席に母を乗せ、ずっと手を握って大丈夫か?と声をかけていました。

その日は帰りましたが、後日、父と車で買い物に行ったときのこと。

ガンが転移していると言われました。

「うんっ」としか僕は言えませんでした。

そのまま母はこの世界を去りました。

僕は、ベッドの中で何時間か泣いていたと思います。

中学生にとっては、あまりにも厳しい現実だったのです。

 

母からの手紙を父から渡してくれました。

そこには
『これを見てるってことは、そーゆーことだね。
長い文になると、○○は読まなさそうだから、短くするね』
と・・・

そこには
『どんな辛いことがあっても笑顔を忘れないで。
それと、友達を大切にしなさい』
とだけ書いてありました。

 

 

 

その日以来、僕はあまり感情を表に出さずあまり怒らないのですが、あることをいう人は僕は本気で怒ります。

それは少しのケンカなので家族など、友達にむかって死ねと言う人です。

理由はいろいろありますが、、
家族、友達を大切にしてくださいね。

 

話しを最後まで読んでくれてありがとうございます。

母も見守ってくれてるし、受験に向けて勉強がんばります(笑)

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