子供を失った悲しみに暮れる夫婦が訪れた大好きだったディズニーランド

旦那の上司の話です。
亡くなったお子さんの話だそうです。
主人の上司のA課長は、病気で子供を失いました。
当時5歳。
幼稚園でいえば、年中さんですね。
原因は分かりません。
不治の病だったそうです。
Aさんも、Aさんの奥さんも絶望の淵に立ったそうです。
奥さんは、突然Aさんに皿を投げつけたりするDV行為を行ったそうです。
ストレス発散だったのでしょうか。
Aさんは事情が理解できていたので、黙って見守っていたそうです。
我が子を失った思いというのは、自分さえ深く深く傷ついている。
ましてや、奥さんは自分が仕事でいない間もずっと一緒だった。
たとえば入院してからも、自分は仕事で病院に行けない日があったのに、奥さんはずっと通っていたわけです。
Aさんも悪いなあと思っていました。
その時点では、いずれ退院したら、どっか連れて行こうか、女房と子供はディズニーが好きだから、連れていけばいいや、と軽く考えていたそうです。
その矢先のお子さまの突然の天界。
Aさんも自分の過ちを気づいたそうです。
その時、その一秒でも子供と、奥さんと共に接していれば、わずかな時間でも共有していれば、たとえ結果は一緒だったけれど、過程は全然異なる。
そう自責の念に駆られたそうです。
子供を失った夫婦というのは、とてつもなく大きな暗い穴が広がるそうです。
我が子はうざいと思う時もありますが、いざ、最初からいないと仮定すると、それは考えられない。
失う、消えるという事態が突然自分の事になるのはとても理解できないと思います。
そういう場面にAさん夫妻は直面したわけです。
その後は毎日が夫婦喧嘩。
一方的に奥さんが罵るわけですが、Aさんも耐えてるんでけども、悪いとは思いながらも、時折言い返してしまう。
メビウスの輪の悪循環。
Aさんと奥さんは、精神的にボロボロに崩れ落ちていました。
当時A課長は、私の旦那を送ってきた際に
『きみの子たちは元気だね。それは結構幸せな事なんだ。ゼロになるというのは本当に信じられないことなんだ。気が狂うよ。』
と言ってました。
涙目で。
後々になって話を聞くと、実際に、備長炭を用意していたそうです。
死ぬ一歩手前。
そんな時な話です。
『ディズニーランドに行ってみようか。』
そう思ったA課長は、その考えを奥さんに言いました。
なぜなら、その日は生きていれば我が子の誕生日だったからです。
それに、子供は病院で息を引き取る前に、ミッキーのぬいぐるみを抱いていたほどディズニーが大好きだった。
Aさんは、子供が亡くなるまで毎年、ディズニーランドで子供の誕生日を祝っていたのでした。
今年も生きていれば当然ながら行っていた。
自分の家のイベントだった。
それを思い出したんです。
それで、一周忌に子供の約束は守ろうかって思ったんですね。
Aさん夫婦は、ディズニーランドに行きました。
最初は後悔したそうです。
すれ違う親子連れ。
ミッキーの帽子をかぶってじゃれ合う親子連れ。
同い年であろう子供を見るたびに、涙がこぼれそうになったそうです。
だって、我が子も一緒に来ていれば同じことをしていたわけです。
手の温かさを思い出したそうです。
『パパ、ママ。』
亡き子供の声を何万回も聞いたそうです。
もし、自分の子供が生きていたら、こんなふうに乗り物に乗っていたんだろうか。
こんなものを一緒に食べて喜んでいたのかなあ。
ディズニーランド内を歩くたびに亡くなった子供の笑顔ばかりが頭に浮かんだそうです。
Aさんは
『来なければよかったよ。』
と思ったそうです。
奥さんも同じことを考えていたのか、Aさんを睨み付けるばかり。
『帰ろうよ。』
さらに
『あなたは私に悲しみを与えるばかり。』
『最悪の夫だよね。』
とも言われたそうです。
宣告ですね。
Aさんは、ふと、そんな奥さんを見て思ったそうです。
ぼくと一緒にいるから彼女は子供のことを思い出し、救いようのない泥沼から這い上がれずにいる。
それは自分も同じだ。
お互いに幸福になるには?
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