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毒親だった母のことで私に謝ってきた祖母の一言

悲しげな表情の老婆
この記事の所要時間: 227

【投稿者名】アキ  【性別】女性 :2015/12/19 20:56:00

 

私がまだ20歳の頃のことです。

その頃の私は夢があり、専門に通っていました。

私の母はまさに毒親というやつで、子供は奴隷。

そう考えているような人でした。

 

ある日、祖母が目を悪くしこちらで手術をすることになり、一時的に我が家に来ることになりました。

毎日帰れば祖母の世話をして、何かあっても良いように近くで寝る毎日。

学校とバイトと介護とで疲れ切ってた私。

そこに親のきつい一言が積もり、次第に祖母の世話をする時に優しい声をかけられなくなり始めました。

 

そんな私に祖母は「ごめんなあ」とよく謝っていました。

時には、無理をして一人でやろうとするくらいで、そんな祖母を見て申し訳なくなって、帰る足が重く遅くなった日がありました。そして母と大喧嘩。

その時、祖母が呼ぶので、またトイレかな、と祖母の傍に行くと、突然に泣きながら、

「あんな子、産んでごめんなあ」

 

そう言われました。

私は、その一言で苦しくなって涙が止まらなくなりました。

祖母の手を握りながら、「大丈夫だよ」と言うも、

それでも祖母は「私が悪いんだ、産んでごめんな」そう何度も謝られました。

私は、ただ泣くしか出来なかった。

何も、返してあげられませんでした。

 

それからは、目が見えない祖母のために何が出来るのか考え、一緒に鶴を折ろうと教えたり、ラジオを聴いたりして過ごしていました。

ある日、私が帰って祖母の傍に寄ると、祖母は「○○、お帰り」と私の名を呼びました。

私は声も出していなかったので、祖母が私だと分かったことに驚きました。

驚きのあまり声が出せずに居た私に、「○○が前に立った瞬間、白く光ってたから分かった」と笑っていました。

それからは他が立っても分からないのに、私が近くに居るとわかるようで話しかけてくれたりしました。

 

今、その祖母はこの世には居ません。

死に目に合うことは出来ませんでしたが、祖母が息を引き取るその間際まで大事に持っていたのは、私が祖母が帰る前にあげたぬいぐるみだったそうです。

それが嬉しくて、悲しくて。

今でも、お店で同じぬいぐるみを見ると泣いてしまいます。

 

会いたい。すごく、会いたい。でも、会えない。

だから私は、祖母の代わりに母を大事にしたい。

祖母にあんな言葉を言わせてしまったから。「そんなことはないよ」と言いたい。

母を好きかと言われれば違うけれど、それでも、大事な家族だから。

画像出典元:blog.livedoor.jp

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