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ばあちゃんの思い出が詰まったミシンの部屋

笑顔のばあちゃん
この記事の所要時間: 753

【投稿者名】弱虫  【性別】男性 :2015/12/27 17:14:44

 

ばあちゃんが死にました。
70ちょいで。

中学一年まで、じいちゃんばあちゃん家に母さんと父さんと兄と僕で同居していました。

じいちゃんとばあちゃんは、母さんのほうの両親です。

母さんには、姉(僕から見た伯母)が一人いました。

先に姉のほうが結婚して、家を出ていって、母さんがじいちゃんとばあちゃんの面倒みるために実家に残りました。

 

僕がちっちゃいころ、共働きで、じいちゃんもシルバーってことで働いていました。

だから、土日とか平日の夕方から、ずーっとばあちゃんと一緒にいました。

母さんは帰りが遅いときが結構あったので、昼ご飯も晩ご飯もばあちゃんが作ってくれていました。

 

ばあちゃんはいつも畑にいきます。

野菜を育てるのはだいたいじいちゃんの仕事で、収穫するのはばあちゃんの仕事(だった気がする)でした。

ばあちゃんの漕ぐ、二人乗りの自転車の後ろに乗っていつも手伝い、というか遊びに行ってました。

 

ばあちゃんはいつもミシンの部屋にいます。

だいたい6畳くらいの部屋に大きなミシンがあって、そこでダダダダと業者から頼まれた少年野球のお尻についているスライディングの時に役立つスポンジ的なものを縫ってました。

ばあちゃんと僕だけで暇なときはいつもその部屋に行って、真っ黒な黒飴を舐めながら作業を見ていました。

 

僕は保育所に通っていました。

母さんか父さんが、いつも仕事帰りに迎えに来てくれます。

でも、たまにばあちゃんが来ます。

 

あるとき、雨が降っていて周りの友達がみんな帰って、僕を含め5人くらいだけ迎えを待ってる時がありました。

『母さんまだかなあ。』と思って待っていると、ばあちゃんが迎えにきました。

僕は泣きました。

「なんでばあちゃんなの?母さんは?」と。

今思えば、本当はホッとした涙だったのでしょう。

安堵感で涙が出て、それを隠すために「なんでお母さんじゃないの」と付け足したのでしょう。

 

じいちゃんとおばあちゃん家には、よく母の姉が息子と娘を連れて遊びに来ていました。

特に息子のほうとは仲が良く、いつも僕は兄といとこに泣かされてました。

やんちゃで負けず嫌いで泣き虫な僕はすぐゲームとかで負けたり、かくれんぼとかで二人を見つけれなくて泣いていました。

 

中学一年の時、母と伯母が喧嘩しました。

まあ色々あって僕たち一家はじいちゃんとばあちゃん家を出ていき、新しい一軒家に住み始めました。

はじめは寂しさもありました。

 

それからちょっと経ったとき。僕が高校二年の時。

ばあちゃんがガンになりました。子宮ガン?だった気がします。

まさか、自分の近くの人がガンになるときが来るとはと思いました。

でも部活動が忙しくて、なかなかお見舞いに行けませんでした。

 

ある日、やっとのことでお見舞いに行くと、そこにはやせ細ったばあちゃんが寝たまま目を開けて話していました。

毛は抜け落ちて、指はただの骨のようになっていました。

見るのもつらく、涙が出そうになりました。

 

それから何日か経って、母さんと伯母はばあちゃんの件で仲直りしました。

それからまた何日か経って、「あと24時間もたないんだって」と母さんから震えた声で言われました。

「ガン」と聞いてた初めのころからそれは意識していましたが、まさかこんなに急にとは思いませんでした。

 

しかしそれから1日、2日経ってもばあちゃんは元気でした。

医者はこういったそうです。

「そうですね・・・今週はもうもたないですよ。」と。

 

 

それから一年が経ちました。

ばあちゃんはまだ元気でした。医者にざまあみろと。

しかし、それでもばあちゃんはだんだん弱っていました。

ばあちゃんは腸に穴が開いているらしいので、その手術をしなければなりませんでした。

でもその手術をすれば、ばあちゃんには刺激が強すぎて死に至ってしまう可能性が高いらしいのです。

 

医者は「手術は無理なので、もう死を待つしかありません」的なことを言いました。

そのほうが苦しまなくて済むし、ばあちゃんのためではないかとも言いました。

僕たちは違いました。生きるに越したことはないと。

それと同時くらいに、その病院の若い医師が「僕にまかせてください」とばあちゃんの手術を担当しました。

手術は成功し、ばあちゃんはついに三回の危機を乗り越えたのです。

 

それから一年くらいばあちゃんは自宅療養や、入院を繰り返していました。

母さんから「お盆まで持つかどうかわからないらしい」と聞きました。

でも、これまで何度も危機を乗り越えてきたばあちゃんにもう怖いものはないと思いました。

あと5年くらい生きるだろうと。

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コメント

    • 名前: 名無しさん
    • 投稿日:2017/04/25(火) 22:20:04 ID:MzNTYyOTM

    僕はまだ、おばあちゃんやおじいちゃんは生きています。ですが、この様な事が僕にも起きないとも限りません。僕は、まだ中学一年生ですがこの記事を見て悔いのない様楽しく暮らして生きたいです!

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