2ちゃんねるやネットの泣ける話をまとめた涙腺崩壊系の感動読み物サイト。

祖父の愛人のおばさんとの思い出

老夫婦
この記事の所要時間: 231

【投稿者名】さっちゃん。  【性別】男性 :2016/05/07 22:22:44

 

 私は母子家庭でした。近所にいる祖父宅へ小さい時から預けられていました。そこには若い頃に祖父が作った愛人のおばさんもいました。何十年も一緒にいるので本当の夫婦のようでした。

私とは血が繋がってはいませんが本当の孫のように接してくれていました。趣味のパチンコやに、買い物に、犬の散歩に行ったりと過ごしていた時間が長く、楽しかったのを今でも思い出します。

 

 時は経ち、みんな年をとって老夫婦も本当に高齢者になってきたため、家を建てみんなで生活することになりました。

生活して二年後に祖父は脳梗塞になり右半身麻痺、認知症になってしまいました。また、愛人のおばさんも持病の糖尿病が悪化してきました。

体調の悪い二人の世話を私はしながら生活していました。私の母親はそれを見て、老夫婦に強くあたり散らしていました。昔の怨みみたいなことも含んで言っていたので、家の雰囲気は最悪でした。

 

 さらに、年が経ちいよいよ自宅では介護困難な状況になってきました。祖父の認知症状は止まることなく落ちつかない、おばさんも高度な認知症状がでてきました。老夫婦を一緒に介護施設に入所せざる状況になってきました。

母親とはもうどうにもならないくらい関係が悪化していたため、私が施設まで送り届けることになりました。

 

 車内では皆無言で、時々祖父が意味不明な会話をはじめるくらいでした。施設に着いたとき、私は顔の原型がなくなるほど泣いてしまいました。

ずっと我慢していたせいもあり、止まらなくなって二人に何度謝りました。

しかし、二人は謝り、泣いている私を見て、今までありがとうと笑顔で話してくれました。

認知症状が進んでいる二人は本当に理解してるのかわからなかったですが、悲しい気持ちでいっぱいでした。

 

 一年後に祖父は他界し、おばさん独りきりになってしまいました。認知症状がかなり進んで私の顔を忘れている状況でした。

私を施設職員だと思い込んで、必ず話しかけてきます。

私にはあなたと同じくらいの孫がいるんだ。優しくて力持ちで看護師をしているんだ。あの子は私の自慢の孫なんだよ。と、私の顔を忘れていても私のことは覚えているおばさんに涙が溢れました。私はそうですかと相槌をする事しかできませんでした。

 

 二年後、おばさんは他界しました。最後まで私のことは覚えてくれていました。

小さい時に、私のたった一人の孫なんだよと自慢してくれた大好きなおばさん。血が繋がってはいませんが本当に大好きでした。ありがとう。

 

 私は今、二人の娘に恵まれ幸せです。おばさんと過ごした暖かく、柔らかな時間を今は家族で過ごしいます。

また、墓参りの時に会いましょう。

この記事が気に入ったら
いいね!してね♪

 閲覧回数:2,608 PV
 評価:12345 3.00 (2 件の評価)
Loading...Loading...
 タグ: , 

関連記事

ピックアップ

他サイトの更新情報

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

検索

最近のコメント

アーカイブ

2017年7月
« 6月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

泣けるコピペtwitter