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病院に勤めていたころの話

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病院に勤めていたころの話

「○○さん(私)に処置をお願いしたい」
「○○さんは今日は日勤ですか」

といつも看護婦の私を慕ってくれる患者さんがいました。


お孫さんも成人して、そのお孫さんが遠くに住んでいるとのことで私が孫のように可愛いと言って下さり、
笑顔のステキな初老の元警察官の方でした。
そこはとても忙しい病棟で、毎日亡くなる方もいらっしゃるような重病棟で、その方もいずれ長くないのは承知でした。

そんなある日、せん妄や徘徊等の痴呆症状が目に付くようになり、脳のCTの結果肺癌が脳に転移していることが発覚。
本人の自覚もないまま、日に日に症状は悪化、呼吸器の状態もそれまでより更に悪化して行きました。

家族との相談で出来るだけ本人の苦痛を和らげる方法で治療方針も決まりました。
しかし看護婦にも攻撃的になったり、手が付けられないような徘徊になると、正直こちらとしても対応に頭を悩ませます。

QOLの高い医療を、、、といっても今の医療現場の現状では限度があります。
とてつもない忙しさの中で、だんだんその患者さんは「ケアに手がかかる」患者さんになりつつあったのです。
少しづつ歩くことも辛くなってきて臥床ぎみになってきた頃のことでした。
ナースステーションでカンファレンスが行なわれているとき、その前を点滴スタンドを押して凄い勢いでフラフラと歩いているのです。
その場にいたスタッフは皆慌てて制したのですが、「お風呂、お風呂…。」と、お風呂に入りたくて咄嗟に部屋から出てきた様子でした。

真っ青な顔で倒れこみストレッチャーで運ばれました。
スタッフは口には出しませんでしたが、もう!と言わんばかりの対応をする人もいる人もいました。

私も正直、それよりも重症な患者さんに手が罹りきりでしたし、「もう、仕方ないな…ハア」とさえ思っていたのです。
そういえばしばらくあの患者さんの入浴介助してないな、なんて、ほんのちょっと頭をかすめたくらいでした。

そしてそれからすぐ呼吸状態も悪化し、意識も落ちて眠るように亡くなりました。
看取ることは出来ませんでしたが、ちょうど出棺のときに立ち会うことが出来てそのときご家族とお孫さんにはじめて顔を合わせることが出来ました。

お孫さんと奥さんは出棺のあと、きょろきょろと誰か探している様子で私を見つけると深々と頭を下げたあと

「○○さんに背中を流してもらって嬉しかったって、この日記に書いてありました。
 ほら、何月何日って細かく書いてあるの・・・どうもありがとうございました。」

と話してくれました。
細かく記された私の名前、日にち・・・小さな日記・・・
今まで何人も看取ってきて涙を流すことなどなかったのですが涙がとめどなく出てきました。

そういえばお風呂がとても好きな患者さんでした。

ごめんね、あのとき背中流してあげたらよかったね、
あんなに気持ちいいって喜んでもらえたのに私に出来ることはそれくらいのことしかなかったのに
本当にごめんなさい。

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