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死んだ母からの手紙

この記事の所要時間: 226

私の母は私が幼い頃闘病生活の末、亡くなった。
もう殆ど覚えていない母だけど、
私の誕生日に渡して欲しいと15歳の誕生日までの手紙を残してくれていた。

毎年、誕生日にもういない母からの手紙が何よりも私は嬉しかった。
手紙から伝わってくる口うるさくて、心配性で、でも明るい母。
手紙に書く文体じゃなくて、まるで話すように書いてあるそれが、
もう記憶もほとんどない母が生きて傍にいる様で嬉しかった。


14歳の冬に父が再婚した。
直前までそのことを知らされなかった自分は父親に反発して反発して口もききたくなくて、殆ど会話もなかった。

そして15歳の誕生日、そんな状況の中で父はいつものように私に母からの手紙を手渡した。
誕生日ケーキだと義母の手作りケーキと、ごちそうの並べられたテーブルで。
もう母をいない人間と処理して、他の人間を「母親」としたくせにと頭に血が上って、
死んだ母からの手紙をこんな場所で渡されることに激怒した私は、どうしようもなくカーッとなって

「他の女と結婚したくせに、こんなの渡さないでよ!ふざけんな!」と
手紙を破り捨て、ぐちゃぐちゃにまるめてゴミ箱に捨て、自室へと閉じこもった。

次の日、同じように二階の自室でふてくされて閉じこもっていたら、父親にくちゃくちゃの手紙を手渡された。
「これが母さんの書いた最後の手紙だ。持っていなさい」

昨日さんざんなことをした私に叱りつけることもなく、父はそれだけを言って一階に降りていった。
最後だと言うことにショックを受けながら読んだ手紙には、
母の今までの文字とは似ても似つかないミミズがのたくったような線が綴ってあった。
普通の文字を書くことも出来なくなってしまった母が、震える手で必死で書いた手紙は
私の馬鹿な所行のせいでどうしても読めなくなってしまった。

まだ20代の若かった父が母に先立たれ、まだ幼い子供を抱えて必死で育ててくれたこともわかれなかった。
義母も新しい家族のために一生懸命誕生日を祝ってくれていたのにも気付けなかった。
まだ幼い子供を残し無念の中死んだ母の、最後の伝えたかった言葉すら読んであげられなかった。
お母さんの最後の手紙、なんて書いてあったのかな。

ゴメン、お母さん、もう読めないよ。

15の春に高校でお父さんと出会ったんだよね。
そのことについては何か書いてくれたのかな。
やっぱり今までと同じように「外から帰ったらうがいして手洗いしてね」なんて書いてくれてたのかな。

お父さんね、私へのお母さんの最後の手紙までは再婚するの待ってたんだって。
ふたりめのお母さんがね、こそっと教えてくれたよ。

ねえお母さん、私、お母さんがこの手紙を書いてくれた時より年上になりました。

馬鹿な娘でごめんね。

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 カテゴリ:父・母の泣ける話
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