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おばあちゃんと満開の桜

この記事の所要時間: 328

私は、おばあちゃん=満開の桜を思い出す。

今から3年前のこと。私のおばあちゃんは3/21の桜が満開の時に亡くなった。
86歳だった。
おばあちゃんは腰は曲がってるが、足は86歳と思えないほど達者だった。
よく手押し車(我が家ではベンツと呼んでいた)をひいては
いろんなところに出かけてた。

家族、親戚でおじいちゃんの7回目の法要をやっている時のこと。

おばあちゃんは必ず「今度はおばあちゃんの番だからよろしくね」
と法事の度に言っていた。でもほんとに元気だったので、
「大丈夫、ばぁさんは90までは平気だよ」
と誰もが思っていた。しかし・・・
3/18日におばあちゃんの86回目の誕生日だった。
おばあちゃんはもんじゃ焼きが食べたいと言っていたので、
おばあちゃんの誕生日の日にもんじゃ焼き食べに
行こうと約束をして、私も楽しみにしていた。

ところが、17日の日におばあちゃんがインフルエンザにかかった。
39度を越す熱が2~3日続いても下がらない。近所のお医者さんに見てもらった。
そこで信じられない言葉を聞いた。

「おばあちゃんはもう歩けなくなるでしょう」

その医者のいうとおり、おばあちゃんの様態はどんどん悪化していった。
なかなか熱が下がらないので21日の日朝一番に大きな病院に行った。
即入院、私は家に帰っておばあちゃんの着替えを用意して病院に向かった。
もう今晩が山場になると医者に言われた。
今のうちにおばあちゃんに会わせたい人がいるなら呼んでくださいと・・・お昼ごろにはほぼみんな集まった。
時間がたつにつれ、おばあちゃんの様態は急速に悪化していった。
おばあちゃんは、うぅ~うぅ~と苦しみながらも誰かが来るのを待っていた。
でも私たちには誰を待っているかは最初はわからなかった。でもようやくわかった。
娘を待っているんだと。

おばあちゃんの娘は1ヶ月前に糖尿病による合併症で大手術&入院をしていた。
おばあちゃんは娘が入院するとき、
「私が変われるものならかわってあげたいんだけどね・・・」
と仏壇のおじいちゃんに報告してた。
入院していることはおばあちゃんも元気な頃はわかってたはず。
でも、今はもうわかってないらしく、ずっと娘が来るのを待っていた。

私たちは娘が来れないことを知っているので、
少しでも早くおばあちゃんを楽にしてあげたいと思い、
「おばあちゃん、もういいよ、今までありがとう、ゆっくり休んで」
といってもおばあちゃんは頑張ってる。
心電図の波形がどんどん一直線に近づいていく・・・
医者の話では後、5分くらいとのこと。

この言葉を聞いた時、今まで私たちが号泣していても涙一つ見せなかった父が、
ティッシュを手にとり、「とうとうだめか・・・」と一言だけ言って泣いた。
私はこのとき初めて父親の涙を見た。
その姿をみて、私たちはもっと号泣した。

でも、5分たっても心臓はとまらない。なんだかんだで1時間くらいたった。
そして、私の母が「おばあちゃん、○○ちゃん(娘)来たよ」
と言い手を握ったら、おばあちゃんは安心したようにふーっと息をはき永眠した。

おばあちゃんの告別式の日(23日)は桜が満開だった。
おばあちゃんは花が大好きだったので、棺には花をいっぱい入れてあげた。
おばあちゃんが生前言ってた
「おばあちゃんが死んだらたくさんのお花供えてくれるだけでいいから」
その言葉どおり、たくさんのお花に囲まれておばあちゃんは旅だった。
でも、おばあちゃんそれじゃ物足りなったのかな??
だから自分の死ぬ日を桜満開の日にしたのかな??
だとしたらすごい花道作ったね!!ほんとにきれいだったよ。
おばあちゃん最高の死に方したね!!私もそうやって死にたいな。

帰りに霊柩車を運転してた人が言った。
「長年この仕事をしているけど、満開の桜で見送ったのは初めてですよ」と。
満開の桜並木を通る霊柩車・・・私はこの風景を一生忘れない。

読んでくれた人ありがとう。

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